少年期
夕暮れに染まる街。不必要に広く整備された路地を少年は自転車に乗って駆け抜けた。
少年はとある学生。無気力に、流れるように日々を過ごす怠惰な学生の一人だった。
担いだギターケースが段差で弾む。無気力に時間だけが流れるのを嫌い、始めたものの一つ。お世辞にも巧いとは言えないが、それでも何か打ち込むものが欲しかった。自分としての何かが欲しかった。
自己流ではあるが練習し、それなりには弾けるようになった。やがて、コピーするだけの演奏に厭きて、自分で曲を作ったりもした。だが、それでも彼の中にある焦燥感は次第に膨れ上がる。このまま、何もしないままで青春が終わるのではないか。それが怖かった。
しかし、今の彼は何かが違った。
疾走する彼の表情は、生の輝きに満ちていた。希望に溢れた表情。前を向いた顔が、明確にそれを物語る。
その原因は一つのCD-ROM。彼の鞄の中にひっそりと眠っている。
今、彼は幸せだった。輝いていた。
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「おい」
そう声をかけたのは彼の友人。名前を仮にKとしておこう。Kは言う。
「ちょい面白いゲームが手に入ったんよ。やってみーひん?」
その問いに彼はただ黙って首を横に振った。彼は既にゲームという文字から離れていた。ガキ臭いというレッテルを無理矢理貼りつけて、その言葉から必死に遠ざかっていたのだ。
「まあ、そう言わんと。とりあえず、明日うちに来いや」
溜息と共に了承した。Kには仮がある。そして、長い付き合いの中でも、彼が言い出したらきかないことはわかっていた。
そして、それが変換だった。
翌日、彼の家を訪れると、彼は徐にPCを起動した。
デスクトップ上に並べられた幾つかのショートカットの中から、一つを選んでクリックする。机上のPCがカタカタと小さな音をたてた。
そして、彼は見た。
そして、変わった。
何かが弾けた。
画面上に映るのは、デフォルメされた少女たちの格闘。人気の格ゲーからパクったと思われし、幾つかの技はゲームに疎い彼にも見覚えがあった。
彼は恐る恐る訊いた。「こ、これ、なんてゲーム?」
Kは言った。「QOHや!」
そして、彼は生まれて初めて同人というものに触れた。
その時から、彼は何かが変わった。
QOHを友人から頂戴した彼。
だが、その内、キャラに愛着のわいた彼は友人にその元ネタたるゲームを借りた。
雫、痕、To Heart。Leaf黄金期の作品に触れていく内に、彼はすっかりヲタの仲間入りを果たしていた。
こうなると深みに嵌るのは早い。何せ供給先には困らないのだ。次々とコンプを果たし、Kから次のソフトを借りる。そして、彼はAIRに出会い、その素晴らしさの虜となり、そしてとうとう―――。
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「これやれ」
「次はなんてゲームなん?」
「Kanon」
そうして、彼はひた走る。友人から借りうけたKanonを鞄に入れ、ただただ道路を疾走する。
家に帰ると、背負っていたギターケースを放り投げ、即座にPCを起動した。旧式のPCの為、起動にもインストールにも時間がかかる。
彼は待ちきれない様子で爪を噛んだ。気を紛らわそうとベッドの上に寝転がり、漫画を読む。
一分、二分、三分……。十分以上が経過して、彼はようやく自分が違うものに熱中していたことに気付いた。慌てた様子でPCの置かれた机の前に座る。
インストールは既に終わっていた。
高鳴る鼓動を必死で抑え、ゲームを起動する。
―――ありがとう。
オープニング。流れたメロディに涙する。
そして、キャラ紹介。名前だけだが、それでも自分好みのキャラが多い。彼は心の中で狂喜した。
だが、そこで一つの事実に気付く。
彼は小さく呟いた。
「あのアホ……。眼鏡っ子が何処にもおらへんやないか……」
彼は眼鏡っ子に萌えていた。
ただそれだけの話。