第1話「君との出会い」



 夏休みが終わって、既に一月が過ぎようとしていた。だからと言って、別段何か変わるわけではない。ただ、いつも通りの生活が始まるだけ。そう言う人もいるだろう。けど、例え一月経とうが、半年経とうが、休み気分が抜け切れていない人もいる訳で。そう。とりわけ、僕自身がそうだった。
 その日の朝もやはり気分が優れなかった。月曜日は1限からあるという事で、前の日はきちんと睡眠をとった。時間数にして12時間。少し寝過ぎたかもしれない。
 しかし、それだけ寝てもやはりまだまだだらけたい衝動が治まらない。とりあえず、テレビから流れるニュースを気だるげに眺めながら、咥えた煙草に火をつけた。部屋の中に白い煙が充満する。多少息苦しさを憶えた僕は、しばらく放置しながらも窓をゆっくりと開けた。


 シャワーを浴びて、家を出た。清々しい朝の薫りと小鳥たちの優しい歌声、さんさんと照らす太陽に、雲一つない青空。どれもこれも、寝起きの自分には刺激が強すぎた。すぐにでも布団に戻りたい衝動が過る。しかし、それでもゆっくりと道を進んだ。
 僕の家からスクールバスに乗るには少しばかり歩く必要がある。とは言っても、別段学校までの距離が遠い訳でもなかった。スクールバスを使うまでもなく、歩いていける距離ではあったし、一応、原付も持っている。
 なら、何故それでもスクールバスを利用しているのか。
 別段、理由はない。ただ面倒なだけかもしれなかった。学校まで歩くのも、原付を動かすのも。あとは、バスに揺られて呆けている時間が好きだったのもある。だから、僕はここ半年ほどこのバスを利用していた。学校から直通のスクールバスを。
 そして、交差点を超え、バスの姿が見えたので、少々足を速めたその時だった。
 その事件は唐突に起こった。その瞬間、身体は動かなかったが、頭の中では次に何が起こるのか。それが目まぐるしく回っていた。スローテンポで時を刻む時計の音を、僕は聴いたような気がした。
 ガシャンという音と衝撃。
 次の瞬間、僕は自転車に轢かれていた。


 昔、漫画か何かで読んだ憶えがある。
 とある少年と少女の恋物語。その始まりは、こうして自転車での衝突だったと思う。
 けど、真っ白に染まった僕の頭には何も浮かばなかった。
 ―――いや、別にいいよ。
 それだけ言って、僕はその場から離れた。


 よくよく考えれば、それは言わば非日常の始まりだったのかもしれない。
 自分が非日常を求めていなかったと言えば嘘になる。確かに僕は、この永遠に続くだろう日常に対してうんざりしていた。出来得るならば、脱却したいと常々思っていた。
 けど、その選択肢が表示された時、僕は迷わず日常を選んだ。
 意気地がなかっただけかもしれない。新しいところに飛び込む勇気がなかっただけかもしれない。
 けど、それ以上に―――。
 ぶつかった相手が男だった。
 ただそれだけの話。