ぼんばーまんSS「遠き世界を胸に抱いて」



 遠くの方で爆発音が聞こえた。それに追い掛けるように地鳴りが轟き、天井からはまるで崩壊を暗示するようにパラパラと埃が毀れる。
 足が竦む。身が縮まる。きっと今、誰かがこの壁の向こうにいて、そして誰かが誰かを殺し、誰かがこの世界の向こうへと消えてしまったんだろう。
 この戦いが始まってから、かれこれそんなことをずっと繰り返してきた。ボクがこうして今ここにいるのは、ボクが臆病者だってこともあるけれど、それでもボクも数え切れないくらいに、誰かを死なせてしまっているからだ。その度にゴメンと呟いているけど、それでもきっとボクは許されないと思う。
 死ぬことが怖い。だから、誰かを殺す。きっと他の人だってそう。矛盾している。みんなで仲良く生きていけないかと思う。けど、そう思っていてもやはり誰かに出会う度に自然と身体が動く。なにも話さないまま、ボクは誰かを殺している。もしかすると向こうも同じことを考えているかもしれないのに。わかりあえるかもしれなかったのに。
「ねえ、ルーイ」
 そう首を叩いた。彼はボクの初めての友達で、ボクの初めての理解者だった。速く走るのが得意で、そんな彼の足に数えきれないくらいボクは助けられている。
 ボクが彼の首を叩くと、彼は気だるそうに返事をした。「ああん? なんだよ」
 ぶっきらぼうに首を捻る彼に、ボクは少しだけクスリと笑う。そして、ポンポンと、まるでリズムを奏でるように撫でた。
「ボクたちはいつまでこんなことしなくちゃいけないんだろうね」
 早く終わって欲しいと切に願う。ボクがこうして生きていることで、誰かが命を落としていく。生きている限り、ボクはどんどん罪を重ねていく。そんな世界なんかボクはイヤだ。
 けど、そんなボクに彼は言う。
「死ぬまで、だ。当たり前じゃねえか。そんなことグダグダ言ってるなら、とっととくたばっちまえ。その方がずっと楽だぜ」
 まあ、俺とお前がそう簡単にくたばるわきゃねえけどな。と、彼は笑った。
 彼がなにを言うかなんてもうわかりきってた。それこそ、こんな問答は何千何百とやってきた。その度にボクはずっとそう彼から言われ続けていた。
 だから、ボクはそんなルーイにそうだね、って少しだけ笑いかけて、前を見た。壁の震えが強まってきている。爆発音も、さっきよりずっと強く感じるようになってきた。
「来たぜ」 彼は言う。
「うん。そうだね」 ボクは小さく頷いた。
 地鳴りが止まった。一瞬の静寂がボクたちを優しく包む。けど、ボクたちは知っているんだ。これが嵐の前の静けさってやつなんだって。
 そう、これからここは戦場になる。
「そうだ」
 ふと思い出したように。
「本当に死にたいんなら、俺も付き合ってやるからよ。そしたら、お前も寂しくねえだろ」
 そう言って、にかっと笑うルーイにボクは小さく返した。「死ぬのはイヤだよ」
「んじゃ行くぜ。大丈夫だ、俺とお前なら」 笑いながら、そう告げたルーイの背中で、ボクはほんの少しだけ泣いた。


 爆発音が轟く。そして、ボクたちがいたこの場所は爆炎の混じる戦場と化し、きっとボクはここでまた一つ罪を増やすだろうと思う。
 死んだ方がいいんじゃないかって、いつでもそう考える。けど、それでもボクがそうしない理由。ボクはまだ、少しでも彼と一緒にいたくて、ずっと彼を死なせたくなくて。
 だから、言うんだ。ボクは、ボクと彼の為に。
「勝つよルーイ」
「合点」
 そして、炎は舞った。